2.自殺対策の基本認識

<自殺は追い込まれた末の死>

自殺は、個人の自由な意思や選択の結果と思われがちであるが、実際には、倒産、失業、多重債務等の経済・生活問題の外、病気の悩み等の健康問題、介護・看病疲れ等の家庭問題など様々な要因とその人の性格傾向、家族の状況、死生観などが複雑に関係している。

自殺に至る心理としては、このような様々な悩みが原因で心理的に追い詰められ、自殺以外の選択肢が考えられない状態に陥ってしまったり、社会とのつながりの減少や生きていても役に立たないという役割喪失感から、また、与えられた役割の大きさに対する過剰な負担感から、危機的な状態にまで追い込まれてしまうという過程を見ることができる。

また、自殺を図った人の直前の心の健康状態を見ると、大多数は、様々な悩みにより心理的に追い詰められた結果、うつ病、アルコール依存症等の精神疾患を発症しており、これらの精神疾患の影響により正常な判断を行うことができない状態となっていることが明らかになってきた。

このように、多くの自殺は、個人の自由な意思や選択の結果ではなく、様々な悩みにより心理的に「追い込まれた末の死」ということができる。


<自殺は防ぐことができる>

世界保健機関が「自殺は、その多くが防ぐことのできる社会的な問題」であると明言しているように、自殺は社会の努力で避けることのできる死であるというのが、世界の共通認識となりつつある。

すなわち、経済・生活問題、健康問題、家庭問題等自殺の背景・原因となる様々な要因のうち、失業、倒産、多重債務、長時間労働等の社会的要因については、制度、慣行の見直しや相談・支援体制の整備という社会的な取組により自殺を防ぐことが可能である。

また、健康問題や家庭問題等一見個人の問題と思われる要因であっても、専門家への相談やうつ病等の治療について社会的な支援の手を差し伸べることにより自殺を防ぐことが可能である。世界保健機関によれば、うつ病、アルコール依存症、統合失調症には有効な治療法があり、この3種の精神疾患の早期発見、早期治療に取り組むことにより自殺死亡率を引き下げることができるとされている。

このように、心理的な悩みを引き起こす様々な要因に対する社会の適切な介入により、また、自殺に至る前のうつ病等の精神疾患に対する適切な治療により、多くの自殺は防ぐことができる。


<自殺を考えている人は悩みを抱え込みながらもサインを発している>

我が国では精神疾患や精神科医療に対する偏見が強く、自殺を図った人が精神科医等の専門家を受診している例は少ない。特に、自殺者が多い中高年男性は、心の問題を抱えやすい上、相談することへの抵抗感から問題を深刻化しがちと言われている。

他方、死にたいと考えている人も、心の中では「生きたい」という気持ちとの間で激しく揺れ動いており、不眠、原因不明の体調不良など自殺の危険を示すサインを発している。

自殺を図った人の家族や職場の同僚など身近な人は、自殺のサインに気づいていることも多く、このような国民一人ひとりの気づきを自殺予防につなげていくことが課題である。


第2 自殺対策の基本的考え方

1.社会的要因も踏まえ総合的に取り組む

自殺は、失業、倒産、多重債務、長時間労働等の社会的要因を含む様々な要因とその人の性格傾向、家族の状況、死生観などが複雑に関係している。

このため、自殺を予防するためには、社会的要因に対する働きかけとともに、心の健康問題について、個人に対する働きかけと社会に対する働きかけの両面から総合的に取り組むことが必要である。


<社会的要因に対する働きかけ>

第一に、失業、倒産、多重債務、長時間労働などの社会的要因は深刻な心の悩みを引き起こしたり、心の健康に変調をもたらしたりして自殺の危険を高める要因となる。

このような社会的要因が関係している自殺を予防するためには、先ず、長時間労働を余儀なくさせている現在の日本人の働き方を見直したり、失敗しても何度でも再チャレンジすることができる社会を創り上げていくなど社会的要因の背景にある制度・慣行そのものの見直しを進めることが重要である。また、問題を抱えた人に対する相談・支援体制の整備・充実を図るとともに、相談機関の存在を知らないため十分な社会的支援が受けられないことがないよう関係機関の幅広い連携により相談窓口等を周知するための取組を強化する必要がある。

また、社会に対する働きかけとして、危険な場所の安全確保や危険な薬品等に対する適正な取り扱いの徹底も重要である。


<うつ病の早期発見、早期治療>

第二に、自殺を図った人の直前の心の健康状態を見ると、大多数がうつ病等の精神疾患に罹患しており、中でもうつ病の割合が高いこと、世界保健機関によればうつ病等については有効な治療法が確立していること、諸外国や我が国の一部の地域ではうつ病対策の実施により自殺予防の効果をあげていることから、うつ状態にある人の早期発見、早期治療を図るための取組が重要である。

このため、自殺の危険性の高い人を発見する機会の多いかかりつけの医師等をゲートキーパーとして養成し、うつ病対策に活用するとともに、精神科医療提供体制の整備を図る必要がある。


<自殺や精神疾患に対する偏見をなくす取組>

第三に、国民全体に対し、命の大切さの理解を深めるとともに、悩みを抱えたときに気軽に心の健康問題の相談機関を利用できるよう、自殺や精神疾患に対する正しい知識を普及啓発し、偏見をなくしていく取組が重要である。困ったときは誰かに助けを求めることが適切な方法であることなどを周知する必要がある。


<マスメディアの自主的な取組への期待>

また、マスメディアによる自殺報道では、事実関係に併せて自殺の危険を示すサインやその対応方法等自殺予防に有用な情報を提供することにより大きな効果が得られる一方で、自殺手段の詳細な報道、短期集中的な報道は他の自殺を誘発する危険性もある。このため、国民の知る権利や報道の自由も勘案しつつ、適切な自殺報道が行われるようマスメディアによる自主的な検討のための取組を期待する。


2.国民一人ひとりが自殺予防の主役となるよう取り組む

現代社会はストレス過多の社会であり、少子高齢化、価値観の多様化が進む中で、核家族化や都市化の進展に伴い従来の家族、地域のきずなが弱まりつつあり、誰もが心の健康を損なう可能性がある。

このため、まず、国民一人ひとりが、心の健康問題の重要性を認識するとともに、自らの心の不調に気づき、適切に対処することができるようにすることが重要である。

また、心の問題を抱えて自殺を考えている人は、専門家に相談したり、精神科医を受診したりすることは少ないが、何らかの自殺のサインを発していることが多いことから、全ての国民が、身近にいるかもしれない自殺を考えている人のサインに早く気づき、精神科医等の専門家につなぎ、その指導を受けながら見守っていけるようにすることが重要である。日常の心の健康の変化に気づくことができる身近な家族、同僚の果たす役割は大きい。

国民一人ひとりが自殺予防の主役となるよう広報活動、教育活動等に取り組む必要がある。


3.自殺の事前予防、危機対応に加え未遂者や遺族等への事後対応に取り組む

自殺対策は、

  1. 事前予防:心身の健康の保持増進についての取組、自殺や精神疾患についての正しい知識の普及啓発等自殺の危険性が低い段階で予防を図ること、
  2. 自殺発生の危機対応:現に起こりつつある自殺の危険に介入し、自殺を防ぐこと、
  3. 事後対応:不幸にして自殺や自殺未遂が生じてしまった場合に家族や職場の同僚等他の人に与える影響を最小限とし、新たな自殺を防ぐこと、

の段階ごとに効果的な施策を講じる必要がある。

未遂者や遺族等への事後対応については、再度の自殺や後追い自殺を防ぐことも期待され、将来の事前予防にもつながる。これまで十分な取組が行われていないことを踏まえ、今後、事後対応について積極的に取り組むことにより、段階ごとの施策がバランスよく実施されることが重要である。


4.自殺を考えている人を関係者が連携して包括的に支える

自殺は、健康問題、経済・生活問題、人間関係の問題の外、地域・職場のあり方の変化など様々な要因とその人の性格傾向、家族の状況、死生観などが複雑に関係しており、自殺を考えている人を支え、自殺を防ぐためには、精神保健的な視点だけでなく、社会・経済的な視点を含む包括的な取組が重要である。また、この様な包括的な取組を実施するためには、様々な分野の人々や組織が密接に連携する必要がある。

例えば、うつ病等自殺の危険性の高い人や自殺未遂者の相談、治療に当たる保健・医療機関においては、心の悩みの原因となる社会的要因に対する取組も求められることから、問題に対応した相談窓口を紹介できるようにする必要がある。また、経済・生活問題の相談窓口担当者も、自殺の危険を示すサインやその対応方法、支援が受けられる外部の保健・医療機関など自殺予防の基礎知識を有していることが求められる。

また、このような連携を確保するためには、国だけでなく、地域においても民間団体も含めた様々な分野の関係機関・団体のネットワークを確立することが重要である。


5.自殺の実態解明を進め、その成果に基づき施策を展開する

自殺対策を進めるに当たっては、先ず、どのような問題が、どの程度深刻な問題であるかを把握した上で、自殺の実態に即して、科学的根拠に基づき実施する必要がある。しかしながら、このような実態解明のための調査研究は取組が始まったばかりであり、自殺の実態は未だ明らかでない部分が多い。

このため、これまでの調査研究の成果や世界保健機関、諸外国の知見を基に、効果があると考えられる施策から実施することとし、並行して、実態解明のための調査研究を進める必要がある。


6.中長期的視点に立って、継続的に進める

自殺対策は、社会的要因の背景にある制度・慣行の見直しや相談・支援体制の整備・充実を図るとともに、国民全体に対する啓発活動等を通じて正しい知識を普及させ、自殺や精神疾患に対する偏見を減らし、併せて、精神科医療全体の改善を図っていくことが必要であるが、直ちに効果を発揮するものではない。諸外国の例を見ても、自殺予防に即効性のある施策はないといわれており、中長期的な視点に立って継続的に実施する必要がある。

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9月10日は自殺予防デー

毎年3万人以上の方々が自死されておられます。
今年(2009年度の上半期を見ても、過去最悪の数字が出ています。
この日に、もう一度 「自殺総合対策大綱」 を確認し、自殺予防について考えていきたいものです。

自殺総合対策大綱 (抜粋)

Last Update 09/09/08


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