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  2009年8月2日(日) 13:00~4:00 pm

   ス タ ッ フ 勉 強 会
グリーフケアー及びより良い会の運営について、勉強会を持ちました。

各スタッフより、自分の目指すグリーフケアーについて、そしてそのグリーフケアーを実践するためにどうするべきかの意見を出し、その意見についてそれぞれが思う事を、活発に意見として出し合いました。

会の代表より「虹玉の会」の会名の由来が説明されました。
 野口雨情の「しゃぼん玉」の歌詞
  しゃぼん玉とんだ
  屋根までとんだ
  屋根までとんで
  こわれて消えた
  風、風吹くな
  しゃぼん玉とばそう

  しゃぼん玉消えた
  とばずに消えた
  生まれてすぐに
  こわれて消えた
  風、風吹くな
  しゃぼん玉とばそう

 その歌詞の由来と「しゃぼん玉」を命ととらえた時、生まれてすぐに消えていくもの、遠くまでとんでいくもの、色々な生を生きていること。
そして、どのようなしゃぼん玉であっても、いつかは壊れていく、生の行方。
生まれた者は、必ず死に行く。
生と死を別々にとらえ、生は善であり喜び、死は悪であり悲しみととらえる我々。
でも本来は、生と死は一体であり、裏表の関係であること。
生がなければ死は存在せず、また死が無い生ももまた存在しないこと。
それを踏まえた中で、自らの生き方を考えていくべきであるとの意見であった。

また別のスタッフより
自分がかかわってきた多くのボランティア活動の中から
たとえば、地域の活性化は、その地域に住む高齢者の笑顔から出発するとの考えから、高齢者が集まり笑顔で交流の場を持てるような支援を行ったり。子育て支援を行ったり。精神障害時の通所介護を行ったりしたこと。
このいずれもが、心に苦しみや、悲しみ、つらい気持ち、人には言えない割り切れない気持ちを抱えた人ばかりで、その心の支えにと思いやってきた事。
そして、自死遺族が分かち合いの集いに来れること自体のサポートができないかとの、意見を述べられていた。

また別のスタッフから、突然夫を失う経験をした中から、自分はそのことを周りの人に隠そうとはしなかったこと。それは夫は何も悪いことはしていないだ、という思いが根本にあったからだという思いをお話しいただきました。
そして、多くの人が自分を支えてくれたこと、そのことによって苦しい気持ちの中でも、笑顔を失わずに暮せたことを話されました。
御子息との関係の中で、御子息も御子息なりの思いがあったことを、感じていたこと。いち時期夫についての話題がほとんど二人の間に出なこったという。
自死遺族が分かち合いの会に出席することについて、たとえ広報等でこのような会があるとわかっても、「自分が行くところではない」「そこまでまだ必要ない」などと思われることも多いかもしれないこと。しかしそのような人おも含めて、勇気をもって会に来ていただき、心に必ず持っている、晴れることのない思いを、出しに来れたらいいなあ、と思うとご意見を述べられました

その他、会の広報の方法に不十分さがあったことの反省から、今後の広報(ご案内)の方法を検討しました。
「あなたもおいでよ」などとお誘いする集まりではないので、広報することに難しさはあるのですが、できるだけ対象とされる方の目にふれるよう、検討をしました。


Last Update 09/08/3
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